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日本の隠れ里、滋賀県長浜市「菅浦湖岸集落」

奥琵琶湖北端に位置するこの集落を私は去年、興奮した知人より知りました。現代に伝承される驚きの歴史文化情報がお隣の滋賀県に現存し限界集落化は進んでいるであろうが片鱗は残ってる!

≪知人≫
「最近知り合った仕事の取引先の親方(建築系)が自分は遡る事1200年程前、時の天皇家跡目争いから敗れた廃帝を奥琵琶の地にて侍従、お世話させていただき戦国の世にも琵琶湖特産品を天皇家へ献上等仰せつかった名代の村落出身である! 我が村は幕府時代も通して独立独尊を守り伝承続けた格式ある末裔であると誇り高く宣言され、聞けば聞くほどぶったまげた!」
≪私≫
「なんだって、ほんまかいな、奥琵琶の地にそんな伝説の集落が実在するのか?」
≪知人≫
「奥琵琶湖湖岸に昭和40年代に開通した県道ができるまで交通手段が船だけであった集落でありさらに山越えルートには四足門なる関所が集落の南北に鎮座しよそ者を寄せ付けない時代が延々と続いていたそうであり[惣村]といわれる自治組織運営の一国なような体をなした地域みたいだ」
≪私≫
「それはまさに日本国内の独立国か?」
≪知人≫
「鎌倉時代以降の菅浦は、警察・軍事機能を備え、証拠主義の裁判をするなど、住民自治が高度に発達した「惣村(そうそん)」であり淡路廃帝 淳仁天皇は須賀神社の舟型御陵に眠る歴史上にも貴重な由緒正しき集落だそうである」
≪私≫
「えっ、天皇家の世襲争いの廃帝???」
≪知人≫
「日本書記か古事記だったかに出てくる8世紀頃(764年)の菅浦文書に刻まれているらしい」


限界集落を訪ねる旅が大好きな私にはこの閉ざされた環境故にも俄然興味が沸騰し去年村落を周遊させていただいたのですが今年桜の開花時期終盤の土曜日、あらためて脚を運んでみました。

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南側四足門
当時は湖面と山側法面との間に跨ぐまさに関所であり有事の際はこれを倒して火を放ち敵との防衛ラインとしても兼ねていたそうであります。

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須賀神社へ続く参道
手水舎からは土足厳禁であり村人は素足で登ることを慣例としており観光客用のスリッパが用意されております。
まずは厳粛な心持で参拝させていただき1250年前に心をタイムスリップ (できね~)

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参拝後集落偵察に散策、先週お祭りがあったそうであり神輿のルートにはくまなく小石が30cm間隔で盛ってありこの村の習慣なのでしょうか独特の文化が現在も継承されている事が神秘的であります。
散策には天気も上々であり途中の道の駅で仕入れた「焼き鯖寿司」と「まぜご飯弁当」を食す

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帰り道は定番のマキノ高原メタセコイア並木道ルートで白谷温泉入浴、木之本でオカンお気に入りの「サラダパン」なる私には理解できない「コッペパン」をゲット、峠道303ルートにて帰宅のプチ旅を楽しみました。

※菅浦集落はここでは書ききれない史実が実在します。 調べてみて
限界集落を訪ねる旅が私は好きだ。史実を知る事と体感する事に感動いたしますがそれ以上にそこに住まわれる村民の生活に触れ共感する事を探求したい!
Secret

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